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先輩のポケットの中には、いつも小さなお菓子が入っていた。
「先生には内緒だぞ」
そう言って渡されるチョコレートやクッキーや飴玉なんかを一口に頬張るのが、塾の日の楽しみだった。
今は、先輩のポケットから出てくるのはもっぱら財布だ。俺が「腹減りました」と言うと、何かしらを奢ってくれる。作ってくれる時もある。
不幸自慢なようであまり語りたくないが、こちらにも切迫した事情がある。なので毎回遠慮なくご馳走になるが、なぜ奢ってくれるのかは疑問だった。
遠回しに訊いてみると、「腹減ってると何もできないからな」と言う答え。
この人もこの人で大人の事情に巻き込まれた子どもだったらしいので、俺の知らない時代に何かあったんだろう。
「先輩、腹減りました」
「今は財布もねえぞ」
え、と言いかけてそう言えば、と思い出す。
暇潰しにそこら辺をブラブラ歩いて幽霊でも探そうと、2人とも手ぶらできたのだった。
「腹減ったなら帰るかぁ」
気怠そうな先輩に「そうっすね」と返す。
来た道を戻っている途中で、「あ」と先輩が立ち止まった。
「どうしたんスか」
「……食うか?」
広げた手のひらの中心に赤い小袋のチョコレートが収まっていた。
「どっから出たんですか」
「上着のポケット。昨日バイト先で貰ったヤツだ。忘れてた」
「融けてんじゃねえっスか?」
「んーーー、まだ固いぞ?」
包装の上から指で押して感触を確かめている。やめてください、融ける。
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