最悪と最愛

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「広大」 喜色の混じる声で名を呼ぶ武蔵の胸を、勢い良く押し返した。反動で一歩後退る奴の頬を目掛け、怒りに震える拳を振るう。 バキッと良い音が鳴り響く。ふらつく武蔵に指を突き付けた。 「ふざけんな!お前は俺をなんだと思ってやがる。バカにするのも大概にしろ!結婚するなら勝手にすればいい。ただし、俺を巻き込むな」 息荒く、武蔵を睨め付ける。殴った拳が痛かった。蔑ろにされた心が痛くて悲鳴を上げる。 「忘れてるようだから、ついでに言っておいてやる。お前とはとうの昔に別れてるんだ。ヨリを戻すつもりはない。浮気がしたいんなら他を当たれ!」 激昂する俺を、武蔵は黙ったまま見ている。そんな武蔵をキツく睨み据えたあと、俺は踵を返し逃げるようにその場を後にした。 悔しい。悔しい。虚しい。武蔵の色香に惑わされた自分の心と体が厭わしかった。簡単に靡く自分が、そんな俺の心中を完璧に読み取り、惑わす武蔵に腹が立った。 彰兄にはっきりと宣言した。本心だった筈だ。なのに・・・あっという間に流されてしまう。 終わった恋に引きずられてしまう自分が、酷く情けなかった。
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