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アサヤが常連客の一人となったのは、間もなくのことだった。
彼が気に入ったのは、私の作ったフェイクスイーツの数々とハーブティー。それと温めた軽食のピザ。
働く時間の決まっていない彼は、いつもふらりとやって来てはお茶を飲んで帰っていく。
次第にアサヤがやって来る日常に慣れ始めた頃、不意打ちで彼に問いかけられた。
「……ヨルさんは、結婚はされているんですか?」
真剣な表情に、……ああ、これは誤魔化しちゃいけない質問だと気付く。いつもだったら話さないことまで口が緩んだのはその訴えかけてくる瞳のせいだろう。
「してたこともあるけどね、別れちゃった」
「……どうして」
困惑している若い彼に、一緒に珈琲を飲んでいた私はほろ苦い想いになる。普通じゃ理解はできないかもしれないけれど、
「自助努力だけじゃ、人の気持ちって動けないの。私、ずっと旦那のことを愛そうと嘘をついていたのが本人にバレていたみたいでね。後はそのまま崩壊していったわ」
不倫もされた、と付け足すと、アサヤの顔がくしゃりと歪んだ。
「……嘘って本当に人を傷つけるのね。そんなことも分からなかった私が馬鹿だったのよ」
「……そんなことないですよ。ヨルさんの作る嘘(フェイク)は、こんなに綺麗だ」
真摯にそんなことを言われて、胸のざわめきが大きくなっていく。
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