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「お兄ちゃん、杏奈連れて行ってきます」
「あぁわかった気をつけてな」
五年ぶりに俺の妹が実家に帰って来た。
帰って来た時顔が酷く痩せこけていた印象でその時はただ疲れているだけだと思っていた。
俺達は両親を事故で亡くしている。
俺が25歳の時、働き始めて少し経った頃だった。
10歳離れた妹をなんとか社会に出るまでは養おうと両親に代わり働いて育て上げた。
妹は美人で賢く手のかからない子だった。気難しい俺に色々気を使っていただけなのかもしれない。自分より人の事を考える事ができる優しい妹だ。一番楽しい学生時代を沢山我慢させたと思っている。
そんな俺の自慢の妹が都会から突然帰って来た。疲れたんだろうと軽く考えていた。少し様子が変だったのは一人ではなかったということだった。
『お兄ちゃん何も聞かず私をここに置いてください。絶対迷惑はかけません。働いてお金が貯まったらまたここを出ます。生活費もちゃんと入れます。だから少しの間この子とここに』
妹は声を震わせ泣くのを我慢しながらまだ何も変化のないお腹を抑え俺に頭を下げた。
『少しの間じゃなくてもここはお前の実家だ。好きにすればいい。一人でも二人でも同じことだ』
顔を上げた妹は涙を流しながら優しく微笑んで
『ごめんなさいありがとうございます』
とまた頭を下げた。
俺の前で妹が泣くのを見るのは両親が死んで以来、たったの2回だ。
色んな苦しみを抱えて帰って来たのだと思った。
「杏奈ー?保育園行くよー…杏奈…?」
今こそ『ここで待っててね』と玄関の外のお気に入りの椅子に座らせていたはずなのにもういない。
ここは田舎だから車通りが少なくてそこは心配しなくてもいいんだけどだんだん動き回るのが楽しくなってきた年頃だ。
でも大丈夫探せばすぐ見つかる。
「杏奈ー?杏奈ー?保育…園…」
「キャハッマッマ!」
家の門の外に出るとフルフェイスのヘルメットを被り黒のライダースジャケットに黒のスキニーパンツを着た細身の男の人が杏奈を抱っこしたままこちらへ歩いて向かってくる。
その歩き方はまるで…
「あの…」
杏奈はまだ人見知りをしないから誰にでも懐いて可愛がられる。
そのせいかこんな怖そうな危なそうな男の人にまで平気で抱き着く。
すると男の人から優しく下ろされた杏奈は私によちよちと危なげながら駆け寄ってくる。
「マッマ!」
「その子…誰の子?」
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