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「うん。ハハ。柚の事もっと大事にしてればこんなことにはならなかったんだ。そんで、折角だから、あー旅しようって。一回離れてみようこの世界とって思った。どうせ仕事できる精神状態じゃなかったし」
「でもうちって周り観光とかないし見つからなくてもおかしくないけど」
本当になぁーんにもない長閑な田舎なのに
「まぁこればかりは奇跡としか言いようがないよ。俺の嗅覚。俺の柚アンテナ。すごくね?本当は柚の家の前通り過ぎようとしたんだ。そしたら可愛いよちよち歩きの女の子が飛び出てきて笑顔で俺に寄って来てくれた。ヘルメットしてんのに」
「杏奈?」
「うん、凄い勢いで来たからヘルメット取る暇もなくて、可愛くてギュッと抱き締めたら、何故だかわかんないけど俺の子かもって思っちゃって」
杏一は朝の出来事を嬉しそうに話す。
「それで柚の声が聞こえてきて…杏奈が俺達を引き寄せてくれたんだ。全部杏奈のおかげだよ」
「さすが私達の子供だね」
「うん、それで杏奈がヘルメットをパンパン叩きながら『パンパン!』って面白そうに言ってるのがもうさ、『パパ!』って聞こえて俺泣きそうになって…もう涙腺ヤバイ歳になっちゃった」
まだ27だよ?
まぁあんだけ泣かれたらもう何も言えない
「仕様がないよ、パパなんだから」
「うん。でも旅して色んな人達に出会って芸能界しか知らない世界で生きてきてこんな優しい人達いるんだって。楽しかったよ。色んな世界があること知って。柚はこういう人達に囲まれながら育ったんだね」
そう言って杏一は触れていた柚季の手にキスをして握る。
「うん。みんな優しいよ」
「そういえば今葵頑張ってる。俺の活動休止中事務所頼んどいたらなんか真面目にやってるみたい」
杏一の口から葵君の名前が出てくるとは思わなかった。
「そっか。仕事はできる子だもんね」
「うん…なんか守るべきもの見つかったんじゃない?俺みたいに」
そう言って私のおでこにキスをする。
もう…キス魔だな。
さっきできなかった欲求不満を晴らしてんの?
「杏一、丸くなった気がする。なんて表現したらいいかわかんないけど」
人にいっぱい優しくされると自分も優しくなれる
もともと杏一は優しかったんだけど全てに対して丸くなってる雰囲気だ
これは多分私にしかわからないと思う。
彼は何度も何度も名前を呼んでくれた。
セックスも以前のセックスじゃなかった
ただ快楽を求めてするセックスか
相手のことを大事に想ってする気持ちの通じ合ったセックスか
ほんのちょっとの感覚の違い
私達は本当は同じ気持ちだったはずなのに意味もなく猫を被り、傷つけ合い、快楽に溺れた。
私も彼も気持ちの伝え方が下手くそだっただけ
それともこれも全て彼の策略なのだろうか
計算のうちなのだろうか
でももうそうだとしても踊らされようって決めたから
そうしてあげる
「え?太ったかな?!帰ったら早速ジム行って鍛える!筋肉付けて身体絞る!いい男になる!そしてまた柚が惚れる!杏奈も惚れる!」
もう何言ってんだか
「違う違うあなた充分細いから。細マッチョだから。いい身体してるから大丈夫。“心が”って意味だよおバカさん」
杏一ってこんなキャラだった?
旅して変わったの?
でも結局可愛いからなんでもいい
「ハハ、そんなにほめてくれるのぉ?あー楽しいなぁ。でも柚と喋ってたら夜が明けちゃう。ふぁーぁあ…眠たくなってきた。寝よっ?」
「うん。ありがとね。杏一」
「お礼を言うのはこっちだから。来てくれてありがと。愛してるよ柚」
「ふふ」
「柚は?」
「ん?」
「俺のことどう思ってるか言葉で言って?さっきみたいに。はっきり聞こえるように」
「さっき言ったもん。
分かってること聞かないの」
「聞きたい」
「言わない」
「もっかい聞きたい」
「言いません」
「ちぇっ今度絶対言わせてやる」
「ふふ頑張って。おやすみ」
「おやすみ」
鷹司柚季になれば言ってあげる
その言葉を安売りしたくないだけなの
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