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「ねぇスーツとか着て行った方がいい?」
「持ってないでしょ」
「え?なんて可愛い声出してんの?昨日ちょっとしか聞けなかったから今度ずっとその声でして欲しい、朝すればいいのか」
朝から柚季は声を張れない。
無意識の声撫で声が杏一の心をキュンとさせた。
「は?何言って」
さっきからリュックを漁ってるけどスーツなんて出てこないのはわかってるし、もしあったとしても皺だらけで着れたもんじゃないよね
そのリュック一つで本当に旅してるの?
いいよね男は
「だってまたお兄さんに殴られないかなぁ」
朝5時にする話じゃない
寝たのは3時間前。
杏奈が起きるより早いんだけど
ここにも子供が居たなんて節穴だった
杏奈から起こされなくて少しゆっくりできるかもと思った私が馬鹿だった。
でも少し不安だった
朝起きたら杏一の姿は無くて前みたいに一人ぼっちにベッドに置き去りにされたりしないか
朝起きたら躰が目的で全部演技で嘘に決まってるじゃんなんて言われはしないか
でもそんな心配をよそに朝起きたら…じゃなくて朝起こされて急にこんな話をしだした。
スマホの目覚ましアラームより先に起きてたのは私より彼の方が不安だったんだってことに気付いた。
「そんなにしょっちゅう怒る人じゃないから」
そもそも寡黙なお兄ちゃんの怒った所を見たことがなかった。昨日もあんなにお兄ちゃんが喋ったとこ初めてだったかも。でも私のことを思ってくれてたんだと思うとお兄ちゃんがお兄ちゃんで良かったなって思った。
「なんて言えばいんだろ。世間一般の人達もドラマみたいに言うの?『娘さんを下さい』って。あ、柚のお兄さんだったら“妹さんを下さい”でいいのかな?俺そういうのよくわかんないんだけど。正式なイディオムってなに?」
何でそこ英語にした?
「好きにして」
「柚!冷たいよー…可愛いけどその声。
大事な話でしょ!」
「うん。そうだね」
じゃあとりあえずそこの上半身裸のパンツ一丁でソファに正座して考え込んでる君。
何か履こっか。
なんでバスローブ脱いだの。
「昨日の今日だから急すぎるかな…また改めてスーツ着てから挑んだ方がいい?」
挑むの使い方合ってるのかなぁ
この人こんなに考える人だったんだ
でもお兄ちゃんだったら“挑む”って意味合いがあってるのかも
「ねぇ寒くないの?とりあえず着て」
「あ、うん。そだね」
「杏一の思ってること言ってもらえればそれでいい。思うようにしたらいい。
でも杏奈には言いたい」
柚季はまだベッドに寝たまま杏一がカーゴパンツを履く姿を細いなぁと思いつつも微笑ましく見ながら言った。
「なんて?結婚するって?ふふわかるかなぁ」
「わかんないよ。でもねあなたのパパだよって言いたいの」
「柚…いっいいの?言ってくれるの?」
なんでそこで手を止めるの
「だって本当のことだもん。いいから全部履いて」
「あ、うん、うん、ありがとう柚。俺なんかまだ実感ないけどもう明るい未来しか見えてないよ。神様は見ていてくれた…頑張ってよかった死ななくてよかったはは」
杏一の目に涙を溜めたまま溢した笑顔を見た柚季は本当に彼はあの時死を決意したんだと悟った。
「杏一、本当に私でいいの?」
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