序章 産声

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雲が蠢く黒い空、気味悪く連なり流れる雲は浮かぶ月を何度も隠してはまた浮かばせる。 豪々と音を奏でて吹き荒ぶ風が窓を叩き付け、奇妙に静まり返った村を包み、駆け抜ける。 西の大陸ハイゲルベルン南東部に位置する雄大な山々に囲まれたその街は、時折照らされる月の光無くして周りが見えない程、闇に包まれ静まり返っていた。 「・・・何度目、だろうな。ここに来るのは・・・。」 雲に何度も遮られ、途切れて注ぐ月光が差し込む小さな教会の聖堂。 弱々しく揺れる蝋燭の火がなんとか周囲を照らす中、1人の男が呟いた。 「・・・聖女よ。我らの祈りが届くのは何時なんだ・・・。」 疲れ果てたように呟いた男は、静かに蝋燭を足元に置き、その場に跪いた。 男の目の前には、弱々しい明かりに浮かぶ赤子を抱いた聖女の像。 優しい笑みを浮かべて赤子を抱いている、聖女アリーネの像だった。 「最早、これ以上は我慢出来ん・・・。」 震える声でそう言った男が、アリーネ像の背後にあるステンドグラスから差し込む月光を浴びた。 体格のいい、鉄の胸当てと腰当てを着け、軽装ながらも武装をした男。 しかしそれは、全身を黒い体毛で覆われていた。 男の頭部は狼の頭部、合わせられた両手から覗く鋭い爪は、月光を浴びて銀色に輝いていた。 「これ以上、貴様に祈りを捧げるのも、この街の惨状を黙って眺めるのも・・・。」 怒気を孕んだ唸るような低い声で言った男の顔が、怒りに染まる。 その時、再び雲が月を遮る。 その瞬間、蝋燭が大きく揺らめき、男は姿を消した。 直後に耳を塞ぐほどの破砕音を奏でて───。
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