11人が本棚に入れています
本棚に追加
/110ページ
蔵の分厚い扉を開けると、冷んやりとした空気が外へと流れ出してくる。女の冷たい指先で頬を撫でられたような気配に、藤澤光輝〈ふじさわ・こうき〉は身震いした。
光輝の家には江戸時代に造られたという土蔵がある。一階部分のなまこ壁が独自の幾何学模様を描き、当時の左官職人の腕と藤原家の繁栄が偲ばれる。しかし内部は、年代物の家財道具から使わなくなった光輝のおもちゃまでが雑然と置かれ、ただの物置と化していた。
光輝は急な階段を登り、二階の窓を押し開けた。蔵の中に溜まっていた埃がふわっと舞い上がり、外から射し込んだ光にキラキラと輝く。
「たまには掃除しろよな」
光輝はTシャツの襟ぐりを鼻の上まで持ち上げてマスク代わりにし、母の知香子〈ちかこ〉が二階に仕舞ったという古い花器を探した。知香子は「母さんの力じゃ、重くてムリ」と同情を誘うような目で光輝に言ったが、ムリなのはきっとこの埃の方だろう。ちゃっかりしているところは、祖母の志乃〈しの〉にそっくりだ。
最初のコメントを投稿しよう!