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深い茶色の艶めく天板の上に、黒猫がプリントされたマグカップを置く。それと、三つのアルファベットチョコレート。どれも、夕刻になると灯されるデスクライトに照らされて、光沢を放つ。
「おお、悪いな。いつも」
気の抜けた返事があるのも、いつも通り。その緩く波打った黒髪も、骨ばった幅の広い肩も、襟元がよれてしまった黒い長袖も、いつも通りの光景だ。特別なことなんて、何一つない。タカヤは私の置いたチョコレートの一つを掴み、無造作に包装を解いていく。
ごり……。
寒さでひとしお硬くなった塊を、彼の強靭な顎が何の感情もなく噛み砕いた。
ずず……。ことり……。
インスタントコーヒーを啜って、彼はほう、と息を吐く。力の抜けたその音に、私の身体は心地よく弛緩していった。
暖房が効きすぎているのか、部屋の空気がぼわぼわしている。私はブレザーを脱いで、レザーのひび割れが目立つソファの背もたれに掛けた。
「サラ」
「何?」
タカヤが私の名を呼んだ。私が帰るまでの三時間ほどの中で、数少ないことだ。胸が、高鳴る。しかし、それを悟られないよう、いつも通りの平坦な声で応えた。
「学校は慣れたか? 花もいるけど、他に友達は?」
顔はこちらに向けようともしない。けれど、気遣ってくれていることは十分に伝わった。今すぐ背中に寄りかかりたいけれど、仕事の邪魔をしてはいけない。ぐっと堪えて、
「うん。大丈夫」
そう、簡単に答えた。
後二ヶ月足らずで二年生に進学だ。あまり頭はよくないけれど、そつなく授業に出ていたから留年は免れた。花や、他の友達が勉強を見てくれたおかげだけど。それもタカヤは知っている。
小さな息が、タカヤの背中越しに聞こえた。笑ったのだ。どうしてだろう。
私はきょとんとしてしまって、首を傾げるしかない。
「……よかったな。四月のあの緊張が嘘みたいだ」
桜も散ってしまった四月の中頃を思い出す。タカヤに自己紹介の練習を見てもらったのだった。あの時、彼が「猫」など言わなければ、私の今の生活はなかったと思う。誰にも興味を持たれず、教室の隅で黙々と本を読みながら過ごしていたに違いない。
自信というものをなくして、久しい。人の期待にはほとほと疲れてしまった私にとって、今の友達は居心地がよかった。私の話をしたことはまだない。けれど、何かしらを察してくれているのはわかる。そして、それをあえて口にしない彼らの優しさも。
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