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でも、この気持ちを伝えるこの好機を逃したくもなかった。
「……なかなか難しいね、それは」
いかにもなものは渡せない。そういう言い方で花に相談したら、こう返ってきた。なかなかどころではない。本当にこの難題に解答はあるのだろうか。
花に相談を持ちかけたのは二月に入ってすぐだ。それからの二週間は、放課後のほとんどを費やし、チョコレート選びに専念した。どれが、「いかにも」なチョコレートにならないか。チョコレート専門店など論外だった。店頭に並ぶチョコレートを、人買いのような眼差しで見つめていたのは、その店で後にも先にも私たち以外にいないだろう。
「アルファベットチョコレートだ」
たぶん、相当追い詰められていたのかもしれない。花が口にしたその案が、私には何故か妙案に聞こえたのだ。というか、さりげなく渡せるには持ってこいのアイテムではないか、とその時の私は思っていた。
今、彼は三つ目に手を伸ばしていた。
私は、期待しない。そう心に決めていた。だから今回も、期待しない。彼がそのチョコレートの意味に気づくか、そうでないか。それは大した問題ではないから。私が、私なりに、想いを形にした。そして、どんな形であれ、それが彼の手元に届いた。それだけの事実さえあればいい。その先のことは、ゆっくりと考えればいいじゃないか。
普段口数の少ない私だけれど、心の中で何度も何度も、そうやって自分に言い聞かせた。アルファベットチョコレートを放り込んで、飛び出しそうになる彼の名と一緒に飲み込んだ。もう一つ手に取って口に持っていた時、タカヤの、キーボードを叩く手が止まった。黒髪が波打つ頭が、こちらへくるりと振り返る。
「サラ」
いつもと同じ声のはずなのに、何だか今日は、いつもより優しい響きに聞こえた。
進まない。原稿が進まない。まあ、いつものことだ。慣れはしないが。後ろでサラが立ち上がった気配がする。コーヒーを淹れにキッチンへ向かったのだろう。自分で淹れに行ってもよかったが、彼女の可愛らしい使命感のようなものを感じるので、黙ってディスプレイを睨んだままでいた。
案の定、ポットのロックが解除され、湯が注がれている。インスタントコーヒーのいささか甘ったるくも感じる匂いがこちらまで漂う。
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