黄昏カカオ

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頭を抱えて、チョコレートをもう一つ。Oか……。 例えば、だ。これがバレンタインデーのチョコレートだとして、俺は何を返すのだろう。目の端に映る一欠片に絡め、思考を巡らせる。こんな小さなチョコレートだ。相手もそこまで期待はしていないのだろうか。 いや、世の女には少ない投資で大きな利益を得ようとする情緒のカケラもない輩もいると聞く。 パソコンの横に散らばった資料を一瞥した。珍しく都会に出て、人にもみくちゃにされながら、あるいは怪訝な視線を浴びせられながら取った街頭アンケートの集計だ。 ホワイトデーにお返しをするか、何を贈るのか、ホワイトデーを心待ちにする女達の期待するもの。考えつく限りの項目に答えてもらったのだ。アンケートをしながら、これほどまでに男女で温度差があるものなのか、と驚いた。まあ、男側の意見は予想していたが、女側の意見には開いた口が塞がらなかった。たかがチョコレートに、それほどの見返りを求めているのか、と呆れるほどの女もいたっけか。 資料をパラパラと捲り、構成を組み立てていく。 男の哀れさと浅はかさを前面に出して書くか。女の期待がいかにして裏切られるのかを書いてやろう。 頭の中で次々にセンテンスが出来上がっていった。アルファベットチョコレートが効いてきたのか、思考が明瞭になっていく。 三つ目のチョコレートに手を伸ばした時、その彫り込まれたアルファベットに気づき、ハッとする。そして、チョコレートが四つではなく、三つしかないことにも。 これ、バレンタインデーのつもりか。そうか。 サラには、何もかもお見通しなんだと思う。女とのこういうやり取りも、駆け引きも、俺は好きじゃない。むしろ嫌いだ。見返りを求められるのを受け付けられないのだ。身体が。 だから、サラはアルファベットチョコレートを選んだのだ。四つではなく、三つにしたのは、サラが自分の欲張りに気づいてしまった証だ。サラはたぶん、チョコレートを自然に渡すことができれば満足だ、と自分に言い聞かせたのだろう。 彼女の好意には気づいていた。チョコレートなんかもらわなくても、知っている。そして、それを受け入れたいという俺自身にも気づいている。だから、サラの好意に答えてやることはしてこなかった。 俺は大人で、サラはまだ一六の子どもだからだ。
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