樹くんは恩人なのに

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「なんだよ、またバカップルの寸劇かよー」  突如聞こえた野次で現実に戻された。なんかこれ以上にない嫌な予感がするんですけど……。  結果的に言うとその予感は当たっていた。恐る恐る振り返ると、周りにはずらりと人、人、人。抱き合ってる俺らは全員にガン見されていた。  やべぇ……と全身から血の気が引く思いをしたわけだけど、なんだか奴らはどこかガッカリしたようなシラケたような顔をしている。  意味がわからないから、ヒソヒソ話す声に耳を傾けてみた。 「あーあ修羅場かと焦って損した」 「はいはい茶番茶番」  なるほどそういう事か、こいつら俺らの口喧嘩を楽しんでやがったな。何も無かったと知るとサッサと散りやがって。まぁいいけどさ。 「康平、また改めてよろしく」 「おう、放課後はデートしような」  その言葉通り放課後、俺達は街へ繰り出した。  久し振りに康平と遊ぶのはやっぱり楽しい。樹くんの時みたいにお洒落なカフェで話したりとか、ゆったり映画観たりとかいうのも大人っぽくて良いんだけど、康平とはいかにも高校生って感じのノリや遊びが多くて、変な言い方だけどデートじゃないみたいだ。  なんていうか、友達兼恋人……みたいな。男同士だからそうなるのかもしれないけど、俺はこの関係が好きだ。友達にも恋人にもなれるって凄くね? 「あっ、そうだ康平、ちょっとドラッグストア寄っていい? 買いたいもんがあって」 「おう、良いぜー。ゴム買うの?」 「ちっげぇよバァカ! 急に下ネタやめろ!」 「え……? ヘアゴムの話なんだけど。うわー涼太くんのスケベー」 「てめぇ……」  勿論目当てはそんな物じゃない。手にしたのは髪用のカラーリング剤だ、樹くんに注意されたからな。 「なんつぅかさ、髪染めるのって大変だよなぁ。気ぃ抜くとすぐプリンになるじゃん」  本音がポロッと出た。多分金髪の康平はその気持ちが痛いほどわかるんだろう、何度も「わかるわかる」と頷いてる。  そして「いっそ黒に戻すっていう手もあるけどなー」と提案してきた。でも―― 「んー、それじゃあちょっと……特に、俺は染めてねぇと地味に見えるし」 「そーかぁ? ンなことねぇと思うけどなぁ俺は」  そりゃあ恋するお前の目に映る俺は、いくらか補正されて見えるんだろうけど、実際はどうかと言われると自信ねぇわ。
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