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鬼気迫る様子に、しょうがなく靴を脱ぎ始めた。
「何をそんなにムキになる。この靴に何か秘密があるのか?」
「あ、ありがとうございます」
安堵の笑みを見せ、女は続けた。
「どんな処へでも行ける、不思議な靴があるんです」
いそいそと自分の靴を外して、差し出した俺の靴を躊躇いもせずに着け始めた。
「その靴は、神様が所有していて、その神様は、スニーカーの神様、と呼ばれているの。おじいさんみたいな風体をしていると聞きました。真新しいスニーカーが目印だと」
御伽噺のようだと思って俺は聞いた。
両の足に俺の靴を履かせると、女は目を瞑り囁いた。
「お願い動いて…」
俺は気づいた。どうやらこの女、足が動かねぇんだ。
何とか動かそうとしてるのか、必死に上半身を振るわせ、微動だにしないその足に訴えてる。
でも、足はぴくりともしねぇ。
「何で、動いてくれないの、動いてよ」
自分の足を叩きながら、涙混じりで言った。次第に言葉に力が入り、癇癪を起こした子供のように、力任せに首を振った。
「危ねぇな、転んじまうぞ」
車椅子が大きく傾いて、体が投げ出されそうになったのを咄嗟に俺は支えてやった。
「ご、ごめんなさい、ありがとうございます…」
「なんだよ、そんなに歩きてぇのかよ」
落ち着きを取り戻したのか、それとも諦めたのか、女は肩を落として動きを止め、そして徐に口を開いた。
「自動車の事故で下半身が動かなくなってしまったの。脊椎を損傷してしまって。
私、それ以前は、走るのが好きで、マラソンの社会人チームの一員として活躍してたの、楽しかったわ。どんな遠くでもこの足だけで走って行って、いつまでだって走ってられた。でも、動かなくなっちゃった。
走れなくなっちゃった。
色々な先生にかかって、色々な治療をしたけどダメだった。リハビリだって沢山した。けれどダメだった」
女は、零した涙に触りもせず、遠くを見ながら話を続けた。
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