第1章

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灯芯の炎が揺れる。 照らされるのは文台の上に開かれたままの書物に硯。床に散った紙の上には計算尺、それに占盤。 宮城(きゅうじょう)は陰陽寮の一室である。 「……ふ……」 灯りから少し離れた薄闇の中に吐息が落ちる。 二藍(ふたあい)の直衣(のうし)の下に押さえ込まれた白い手足が床に這う。 「───はっ……あ……う」 後ろから突き上げられて、晴明の噛んだ唇から抑え切れない声が零れた。 「あまり声を出すなよ……宿直(とのい)に聞こえる」 後ろから耳朶に落とされるのは、笑いを含んだ保憲の声。 「だっ……たら、もう止め……っ」 弄るように小刻みに穿つ動きに、あ、あ、あ、と語尾が切なく上ずった。 この年は梅雨の月に入っても雨が降らないまま、一月以上が過ぎていた。地方では早くも旱魃の被害が出始めている。 原因は何なのか、星の動きに異常はないか、雨乞いをするにはいつがいいのか。 清涼殿からはひっきりなしに使者が遣わされてくる。 陰陽寮に天文生として入ったばかりの晴明は、急ぎ星の観測をせよと陰陽允(おんみょうのじょう)である保憲に呼び出された。。 観測結果から星の動きの予想をを出して。暦生は帰ってしまっているから暦の計算も自分でやってしまおうか、などと考えを巡らしつつ占星台から戻ってきた途端。部屋で待っていた保憲に抱きすくめられて衣を解かれた。 「保憲ど……」 咎める声は合わさった唇に呑み込まれる。 抵がう言葉はいつもほんの形だけ───これが初めてというわけではない。 分かりきったように耳朶を舐(ねぶ)られれば、単(ひとえ)の上からでも分かるくらいに胸の突起が芯を持つ。 床に這わせられて腰を上げさせられて。焦らすようにゆっくりと下肢を暴かれれば、愛撫に慣れた身体はもう甘く蜜を零しはじめる。 まだ初夏だというのに日照り続きで蒸し暑い夜が続くから、蔀戸(しとみど)の上半分は開け放ったままだ。御簾(みす)が降りているとはいえ音を遮るには余りに心許ない。 まだ意識の隅に残ってはいる羞恥心が、喉元をせり上がってくる声を殺そうとするのに。 声を出すなと言っておきながら、噛んだ唇を保憲が指で割って弄ってくる。 「───ん……んぅ」 口腔を深く犯す指に促されて昂ぶりを含む動きで舌を絡めれば、閉ざす事を許されない唇の端から雫が伝い落ちた。
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