第1章

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ざり、と玉石を踏んで晴明が一歩前に出る。逃げないと見て、男がほっとしたように身体の力を抜くのが分かった。 「そなたは笛が好きか?」 先ほどと同じ問いに晴明がこくりと無言で頷く。 「……ならば聞いていてはくれないか───これで最後、だから」 最後?と訝しく思う間もなく。 晴明の心は再び奏でられる笛の音に捉えられてしまった。 花の香を含んだ春の風が吹き渡るような。 深山の清冽な流れが身体を洗い抜けて行くような。 重い身体を脱ぎ捨てて、魂だけが中空に上っていく浮遊感。 ふと気づくと、晴明は笛を吹く男のすぐ脇に立っていた。 見れば自分と同じ年頃……瑠璃色の宿直衣(とのいぎぬ)に包まれたほっそりとした姿。 こんな夜半に内裏に居るとは、どこぞの宿直(とのい)の者なのか。
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