14人が本棚に入れています
本棚に追加
ざり、と玉石を踏んで晴明が一歩前に出る。逃げないと見て、男がほっとしたように身体の力を抜くのが分かった。
「そなたは笛が好きか?」
先ほどと同じ問いに晴明がこくりと無言で頷く。
「……ならば聞いていてはくれないか───これで最後、だから」
最後?と訝しく思う間もなく。
晴明の心は再び奏でられる笛の音に捉えられてしまった。
花の香を含んだ春の風が吹き渡るような。
深山の清冽な流れが身体を洗い抜けて行くような。
重い身体を脱ぎ捨てて、魂だけが中空に上っていく浮遊感。
ふと気づくと、晴明は笛を吹く男のすぐ脇に立っていた。
見れば自分と同じ年頃……瑠璃色の宿直衣(とのいぎぬ)に包まれたほっそりとした姿。
こんな夜半に内裏に居るとは、どこぞの宿直(とのい)の者なのか。
最初のコメントを投稿しよう!