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「俺はな、勝負事で負けた事がないんだよ」
「……知ってますが」
いきなり何を言い出すんだという顔で、晴明が保憲を見上げる。それは保憲が常々自慢している事であった。
「何故だか分かるか?」
指貫の腰紐をぐいと締めて保憲。
「勝てる喧嘩しか買わないからだ」
「……はぁ」
一応晴明が相槌を打つ。
「柄じゃないんだよ───こういうのは」
くそ、とひとつぼやいて、印を結ぶ。保憲の表情が消えた。
「東方阿迦陀、西方須多光」
……何の役にも立たない。
「南方刹帝魯、北方蘇陀摩擦」
低く、しかし力の篭った声が呪を唱える。
ゆらりと陽炎のようなものが立ち上った保憲の背中を見つめて、晴明は思った。
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