14人が本棚に入れています
本棚に追加
おお、おおおお……笛、ごときで……ワシを落とせると、思うてか。
雷公の周囲に再び稲妻が閃きはじめる。
瓦礫の中では、博雅が無心で笛を吹き続けている。
だめだ。止められない。
頭上で渦巻く黒雲を見上げた保憲の顔が、絶望に歪んだ。
―――満山の紅葉、小機(しょうき)を破る―――。
卒然として。歌を詠む声が響いた。
―――況んや浮雲の足下より飛ぶに遇ふをや。
―――寒樹は知らず、何れの処にか去る。
―――雨中に錦を衣て、故郷に帰る。
何時の間にいたものか。半壊してぶすぶすと煙を上げる階(きざはし)に立つ人影。空を見上げながら歌を詠む男。
「……親父殿」
賀茂忠行だった。
「道真公よ」
どろどろと龍のように閃めく稲妻を従えた暗雲。それが渦巻く空に呼びかける。
「あの吉野行幸の折、私はまだほんの小僧で随身の身でした。そこで私は貴方が詠まれた歌をお聞き申した」
最初のコメントを投稿しよう!