キスの記憶

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その後も私の演技はボロボロだった。 ずっと皆川さんばかりが受け答えしているのが申し訳なく、思いきって問答に参加したら、かえって足を引っ張ってしまうのだ。 「普段はどんなデートしてるの?」 「仕事のあとにお食事、とか」 実体験の乏しい私の頭は、デートといえば昔の恋愛小説や漫画そのまま、遊園地を思い浮かべる。 しかし皆川氏に遊園地は絶対にない。 そこで世間のカップルのスタンダードと思われる、無難な回答をしたつもりだった。 しかし、堀内嬢は意地悪く首を傾げた。 「いつも退社は九時ぐらいって、この間言ってましたよね?それからお食事?」 すると、東条主任までが不思議そうな顔をした。 「いつも真っ直ぐ帰ってるのかと思ってたよ」 私の自宅は、会社がある路線の郊外方面への果てにある。 私が都心方面に乗ることが滅多にないのを主任はよく知っているのだ。
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