キスの記憶

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彼は黙ってじっと私を見つめた。 怖じ気づいてなんかいないと虚勢を張るように、私も黙って見つめ返す。 けれど彼はすぐに目を逸らし、脚を床に下ろして立ち上がった。 どうすればいいのか分からず、ソファーに横たわったまま彼の動きを固唾を飲んで見守る。 彼は私に背を向け、冷めかけたコーヒーを一気に飲み干した。 ガラステーブルにマグのぶつかる音が鋭く響く。 「今日はここまでですね。車で送ります」 「え、でも……」 目まぐるしく変わる成り行きに戸惑いつつ、慌てて私も身体を起こす。 「駅まで近いし、まだ電車あるし、一人で大丈夫です。皆川さんお酒飲んでるし」 「僕は飲んでいませんよ」 お店でそんなことすら気づいていなかった自分に恥じ入り、彼に従い黙って立ち上がった。 「次はまたメールします。あまり日がなくて申し訳ないですが」 彼の後ろ姿を見上げながら、もう一つのことに気がついた。 彼は最初から私をここに連れて来るつもりだったのかもしれない、と。 でも、その理由も、彼がこの先どうするつもりなのかもわからなかった。 なぜ、そんな彼に自分を委ねたいと望んでしまうのかも──。
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