運命の恋はひとつだけ

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懇親会の会場となるホテルに向かう途中、東条主任はいつになく無口だった。 じっと考え込む横顔から思い起こされたのは、その日の午後の出来事だ。 昼休みが終わる前のまだ人があまり部屋にいない時に、部長が主任を呼び、何やら小声で言葉を交わしたあと、連れ立って部屋を出ていった。 ただの打ち合わせでない重苦しい雰囲気だったので気になっていたけれど、あれ以来、東条主任の様子がおかしい気がする。 でも、会場に着く頃には主任は外交モードにスイッチを切り替えたらしく、朗らかな表情に戻った。 「名刺は余分に持ってきた?」 「はい」 「懇親会では顔を繋いでおくといい相手がたくさんいるから、紹介して回るからね」 「はい」 食べ放題と皆川さんのことばかりに気を取られていた自分を恥じ入る。 でも、私はこの時主任がどんな気持ちでいたのかを、まだ理解していなかった。
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