彼の“例外”

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残業しながらの深夜、暖房が切れた寒い休憩室で一人コーヒーで手を暖めながら思う。 東条主任に失恋したと思っていたけれど、本当にそうだったのだろうか、と。 本物の失恋を知った今は、あれは違っていたような気がする。 私は憧れを恋だと取り違えてきたのかもしれない。 過去の恋愛も同じだ。ここまで喪失感に潰された経験はなかった。 実らなかったけれど、死ぬほど焦がれるこんな恋を知らずに生きていくよりも、やっぱり私は彼と出会えてよかったと思う。 空き缶を捨てて、誰もいない廊下に出た。 廊下を振り返れば、彼が歩いてくる気がした。 角を曲がれば、彼が意地悪な表情を浮かべて壁に寄りかかっている気がした。 エレベーターのドアが開けば、彼が立っている気がした。 叶うことがないままあちらこちら残る彼の記憶は、考えてみればさほど数は多くない。 失恋の度合いは、好きだった月日の長さは関係ないものなのだろう。
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