彼の“例外”

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元気になってしまうと、仕事で埋めることのできない時間が途端に苦痛になってくる。 秘密保守が厳しくなって以降は仕事の持ち帰りができないのが辛い。 その夜、眠気もなくテレビを観る気も起きず、ベッドでごろごろしながら頭を占める皆川さんへの思慕と戦っていると、インターホンが鳴った。 飛び起きて玄関ドアを見つめる。 インターホンに出る時、もしかして……という有り得ない期待で、また熱が上がるのではと思うほど心臓が激しく打った。 「……はい」 「東条です。大丈夫?」 残念ながら皆川さんではなかったけれど、思いがけない来訪者に私はひどく驚いた。 慌ててマスクを着け、ボサボサの髪を撫でつけながら恐る恐る玄関ドアに隙間を開けた。 「寝てた?ごめんね」 東条主任の笑顔を見上げた細い隙間から、底冷えする二月の空気が流れ込んでくる。 主任の背後では、ようやく大家さんが取り替えてくれた蛍光灯の青白い光が寒々しい外廊下を照らしていた。
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