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涙でかすむ視界を覆うのは、数日前の記憶にある濃いグレーのコート。
咄嗟に見上げてしまった私は、そのことを後悔した。
出口に立っていたのは皆川さんだった。
コートを着込んでいるということは、午後に予定している次の社に今から向かうところなのだろう。
いつもと同じ冷静な表情で私を見下ろした彼は、次の瞬間、フレームの奥でわずかに目を見開いた。
ぎりぎりの均衡を保っていた大粒の涙が、とうとう私の目からポロリとこぼれてしまったからだ。
見られた……。
いつも表情をコントロールしている印象の彼が地肌の感情を顔に出す様を見るのは初めてだ。
だから、彼を驚かせるほどの自分の醜態が余計に恥ずかしくなった。
「ごめんなさい!」
うつ向いて顔を隠し、頭を下げて横をすり抜けた。
「ちょっと待って」
逃げる私の背後で彼の声が揺れた。
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