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今は駄目……!
袖を何かがかすった気がして、掴まれないよう腕を引っ込め、振り返らずに廊下を走って逃げた。
“社内ででくわしたら?”
“お好きに演技して下さい”
初めてがこんな状況では、恋人の演技どころではなかった。
彼だってクライアント先の廊下で派手な大捕物はできないはずだ。
企画本部の部屋の前でようやく足を止め振り返ると、曲がり角には誰の姿もなかった。
安堵するのと同時になぜか孤独がつのり、また涙がにじんだ。
出掛ける様子だったのに人事本部に戻ったということは、秘書から私の引き起こした騒ぎの詳細を聞いているのかもしれない。
きっと彼も私のことをだらしがない社員だと思うのだろう。
今晩、会いたくない──。
もう誰にも蔑まれたくない。
誰も来ない場所でずっと一人きり、引きこもっていたい気分だった。
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