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マンションは十階建てほどで、彼の部屋はその八階にあった。
「どうぞ」
開いたドアが、まるで檻の入り口に見える。
余計なことを考えるまいと口の中で彼の部屋番号を暗唱しながら、なるべく彼を見ないようにして中に入った。
手を洗えるよう私を洗面所に通すと、彼は先にリビングに行ってしまった。
まずは一息つき、気分を落ち着かせて鏡を見た私は途端に恥ずかしくなった。
昼間の騒ぎに気をとられ、考えてみたら今朝自宅を出てから一度も鏡を見ていない。
明るい電車内で、彼は私を見てどう感じていたのだろう。
ポーチを取り出しファンデーションで押さえてみたけれど、涙がこびりついた頬は受け付けてくれない。
少し気落ちして、リップクリームを塗るだけで諦めた。
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