アメとムチ-2

2/22
前へ
/22ページ
次へ
マンションは十階建てほどで、彼の部屋はその八階にあった。 「どうぞ」 開いたドアが、まるで檻の入り口に見える。 余計なことを考えるまいと口の中で彼の部屋番号を暗唱しながら、なるべく彼を見ないようにして中に入った。 手を洗えるよう私を洗面所に通すと、彼は先にリビングに行ってしまった。 まずは一息つき、気分を落ち着かせて鏡を見た私は途端に恥ずかしくなった。 昼間の騒ぎに気をとられ、考えてみたら今朝自宅を出てから一度も鏡を見ていない。 明るい電車内で、彼は私を見てどう感じていたのだろう。 ポーチを取り出しファンデーションで押さえてみたけれど、涙がこびりついた頬は受け付けてくれない。 少し気落ちして、リップクリームを塗るだけで諦めた。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1584人が本棚に入れています
本棚に追加