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信吾は観客席の反対側に目をやった。両サイドの柱は金と銀に塗り分けられている。色を決めるときには大玉転がしをしたといういわくつきのものだ。金ぴかの柱にもたれるイタリア仕立てのスーツをきた男と目があった。フレームレスの眼鏡の奥の目が鋭い。1年ほどまえからよく顔を見かけるようになった外資系ファンド、アンダーソン&ジェフリーズの責任者だった。名前は貞義・モリス・ガードナー。信吾は以前「大須オーガニックタウン事業部代表」という肩書がついた名刺をもらったことがある。
信吾の視線に気づいた大輔がいった。
「なかなかやるもんだよな。このコンサートだって金だしてるのは、あそこのファンドだろ」
信吾は黙ってうなずいた。大須の街全体を再開発して、栄を超える名古屋最大のショッピングセンターと超高層マンション街をつくりあげる。それが外資系ファンドの目的だった。そのためのイメージアップに、地元のアイドルにまで金を注ぎこんでいるのだ。
*
大輔がふざけていった。
「あのボディガードとハバ、どっちがでかいかな」
日系アメリカ人のファンド代表のとなりには2メートル近い巨漢の黒人男がサングラスをかけて立っていた。ハバがチキンの骨をかみ砕いていった。
「足の速さなら絶対負ける気がしねえ。一発いいのいれて、あとはバックれればだいじょうぶだ」
「だけど向こうは本物のボディガードだろ。格闘技も絶対やってるぞ」
「つかまったら、ちょっと面倒かもな」
アイドルソングをかき消すように、そのとき遠くから消防車のサイレンが響いてきた。
1台ではなく何台かのサイレンが重なり近づいてくる。
「火事だ!」
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