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東仁王門通りの奥から男の叫び声がきこえた。人がいっせいに動きだした。大輔がいった。
「いってみようぜ」
信吾が声のした方向を見たときには、ハバがお得意のダッシュで遥か先頭を走っていた。ほれぼれするような大股のストライドで、ぐいぐい差を開いていく。信吾と大輔はやじ馬と小走りであとを追った。誰かが叫んだ。
「ブラッククイーンから火がでたらしいぞ」
別な誰かがいった。
「火元はプレイ用のロウソクか」
大勢のやじ馬が走りながら笑いだした。大須ブラッククイーンは地元なら小学生でもしっている老舗のSMクラブである。
*
4階建ての雑居ビルの正面には5台の消防車が集合していた。放水用のホースがアスファルトをうねっている。規制線のむこうには黒いレザー姿の女王様がふたり、ブリーフ1枚の中年男がひとり、消防から事情をきかれている。ブリーフの男はまともに放水を浴びてしまったのだろう。髪も1枚きりの下着もびしょ濡れだった。
信吾はあたりを飛び交う情報にきき耳を立てた。昔から情報収集は得意だ。
ビルの側面からは黒い煙がもうもうとあがっていた。いっせいに放水の柱がむかっているのは、最上階の非常階段のあたりだ。そこに積まれていたダンボールが燃え、ビル自体に火が移ったらしい。黒煙はひどいが、火の勢いはもう弱まっていた。信吾はぽつりといった。
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