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「これでこの秋、何件目かな」
このふた月ほど放火事件が続いていた。まだ死者はでていないが、何人か病院にかつぎこまれている。大輔が指を折りながらいった。
「裏門前町のバー、赤門通りのパーツ屋、大須観音まえの串カツ屋、でこのSMクラブで4件目じゃないか」
腕組みをしてハバがいった。
「いや、5件目。あと本通りのういろう屋があっただろ」
「あー、そうだ。あそこうちのクラスの宮本の実家だったよな。おばあちゃんがとり乱して、すごいたいへんだったみたいだ。今でも寝こんでるって」
確かにおかしな話だった。大須はお行儀のいい街ではない。金もちよりも庶民の街だ。だが、こんなふうに放火が頻発するような壊れかたはしていないはずだった。週末には大勢の人でにぎわって、きちんと日々の商売が成り立つ街なのだ。古くから住む地元の住民も多い。いったい誰がこの街に火をつけてまわっているのだろうか。火を見るのが好きな頭のいかれた愉快犯の放火マニアか、それとも別な誰かか。大輔がいった。
「そういえば、今夜は火の用心の見まわりだよな。何時からだ」
信吾はとなりに立つ金もちのお坊ちゃんに目をやった。
「おまえもきてくれるのか」
「ああ、だって綾火もせなちゃんもくるんだろ。おれがいかないわけにはいかないだろ」
ハバがきちんと整えられた大輔の髪をくしゃくしゃに乱した。
「おれもいるぞ。おまえはどっちでもいいけどな」
「やめろ、セットがたいへんなんだ。おれだってこの街で育ってる。おまえら貧乏人に負けないくらい、大須が心配なんだよ」
大輔は大須の小学校から私立の中高一貫校にすすんだ。その6年間もずっと信吾たちとこの街で遊び続けた変わり者だ。口では貧乏人の悪口をいうくせに、実際は金もちの子弟にはなじめないらしい。なにせ大須育ちなのだ。信吾もいっしょに髪を乱していった。
「ありがとな、助かるよ、大輔」
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