煩悩の腐男子先生

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 喫煙室としても使っているその部屋は、壁が黄ばみ、微かにヤニ臭い。  そこに逃げ込むと、佐和は大きく息を吐いた。 (俺は……教師失格だ……)  後ろ手に扉を閉め、フラフラと自席に座り込む。  机の上に、読みかけのBL小説があった。  暇な佐和は、学校でも空いた時間にBLを楽しむようになった。奇しくもその表紙は、眼鏡のイケメン教師と、ブレザーの制服の可憐な少年だった。  愛してやまないBL小説なのに、まともに見ることができない。 (こんなんじゃ俺、もうここで教師をしていけないよ……)  佐和は、昔から教師になりたかったわけではない。就職にあぶれ、他に選択肢がなくて、柊成高校の化学教師になった。  教師になってからも、特にやる気のある教師でもなく、それは周囲にも伝わっているのだろう、校長や他の教師から、担任を勧められたことはない。    佐和は流されるまま教師になって、惰性で教師を続けていただけだ。  そんな佐和の流されやすい性分は、仕事に始まったことではない。  先日別れたあゆみとの関係も、桂を好きだという彼女の相談に乗るうちに親しくなり、その流れで彼女から告白され、彼女に促されるまま同棲するに至った。  そんななんとなく始まった恋愛は、あゆみが初めてではない。佐和の恋愛はいつも、向こうから来てくれて始まる。  佐和は恋愛に無頓着で、可愛いとかきれいと思う女性は多くいても、自分から口説き落としたいと思った女性は、ほとんどいなかった。    いや――皆無に等しかった。  恋愛に執着がない佐和は、その他のあらゆることにも執着が薄い。  これといった趣味もなかったし、仕事への情熱もなければ拘りもない。大学で教職課程をとったのも、当時の彼女が少しでも多く一緒に授業をとりたいからと、無理やり勧めてきたからだった。 『佐和って、つまんない……』  大昔の彼女に言われた覚えがある。 『佐和くん……あたしと一緒にいて楽しい?』  これはつい最近、あゆみに振られた時に言われたセリフだ。  机の上の、あゆみが部屋に残していった文庫本に目をやる。    意地悪な数学教師と、意地っ張りだけれど、一途な美少年生徒の王道の学園モノラブストーリー。切なくて甘酸っぱい、純愛だ。   (俺が唯一、ハマったもの……)  BLは、佐和が人生で初めて、寝食を忘れるほど夢中になったものだ。
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