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最後にあゆみに突きつけられた言葉が、今さらながらに重い。
『佐和くん、あたしに興味ないでしょ』
そんなわけはない、と強く言い返したが――当たっていたのだ。
二年以上付き合い、半年も一緒に暮らした恋人のことを、佐和はなにもわかっていなかった。
あゆみの文庫本に目を落とす。
この小説の中では、主人公たちが恋に、青春に奔走している。
佐和は、自分がBLにはまった理由を理解したような気がした。
(憧れ……なんだろうな)
自分が経験したことのない、胸を焦がすような恋。
身も心も、全てを捧げられる――愛。
「佐和先生……大野先生と、一体なにがあったんです?」
(俺は……本当にあゆみのことが好きだったのか?)
「別れたんだよ」
口が勝手に喋っていた。あゆみが昔好きだった桂には、絶対に知られたくなかったのに。
「振られたんだ、夏休みの終わりに。あいつ、部屋を出て行っちゃったよ……」
ヤケ――というやつだったのかもしれない。
突然の告白に、桂の方が息を呑んだようだった。
「荷物は全部持って行ったのに、なぜか……山のように大量のBL本とかCDが残されてて……。あいつなりの嫌がらせだったのかな」
「嫌がらせ?」
「俺は、あゆみにこんな趣味があるとは全然知らなかった。てゆうか、こんな世界があることも知らなかった」
「まぁ……知らない人間の方が、まだ多いんじゃないですか?」
それなのになぜ桂が知っているのか、その時の佐和は不思議に思う余裕はなかった。
「俺は男子校の教師だぞ? ……辛いじゃないか」
「……辛い?」
佐和は文庫本を見つめたまま、コクリと頷いた。
「ハマっちゃったんだよ」
もう、なにもかも全部、ブチまけてしまいたかった。
あゆみに振られたことも、振られてからBLに夢中になったことも。
あゆみに振られた悲しみから救ってくれたのが、BLだったことも――。
「あゆみが置いてった本や漫画を、毎日夜遅くまで読み倒してる。セリフを暗記しちまった漫画まである……。そんな俺が……」
この一ヶ月間押し殺してきた感情が爆発するのを、佐和は止められなかった。
顔を上げ、切れ長の目をキッと睨む。
「男子校で働く辛さ……お前にわかるか?!」
あゆみに振られ、BLにハマってからのこの一ヶ月間、職務を全うするのが困難なほど苦しかった。
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