腐男子先生の憂鬱

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 二年以上付き合い、結婚まで考えて半年程同棲した元同僚の恋人が、部屋を出て行った。  その元恋人が、核弾頭のように危険な置き土産を残していったのである。  段ボール箱三つに入った、大量の書籍、CDの山。  図書館司書をしている彼女が、大量に本を持っていること自体は不思議ではなかった。    おかしかったのは、それが彼女のクローゼットの奥の奥、にしまわれていた、ということだ。    まるで男子高校生が、ベッドの下にHな雑誌を隠すかのように――。    彼女がいなくなった夜、不審な段ボール箱を見つけ、大切そうにしまわれた中身を開け、佐和は文字通りひっくり返った。  段ボールにしまわれていたのは、男と男の恋愛を描いたボーイズラブ――BL――の漫画、小説、CDの山だったのだ。  佐和はそれまでBLなんてものは存在すら知らなかったし、もちろん見たり読んだりしたこともなかった。そして元恋人が、BLを愛する『腐女子』であることもまったく知らなかったのだ。  彼女の隠された趣味を知って最初は戸惑ったが、好奇心もものすごく沸いた。  彼女が出ていった悲しみや、一人になって持て余した暇を潰すためもあってそれらを読み始め、佐和はさらなる衝撃に襲われた。  号泣したのだ。  年甲斐も無く、声を枯らして泣いてしまった。    麗しい男たちが美しくも切ない恋を繰り広げ、時に激しい官能の世界を展開し、はたまた己のアイデンティティーを情熱的な恋愛の中で確立する。  そんな様々な物語が詰め込まれた世界に佐和は――ハマった。それはもう、頭のてっぺんから足の爪の先までズップリと。  面白くて楽しくて――けれど切なくて、読んでも読んでも飽きることがなかった。お陰で、彼女に捨てられた悲しみが大分軽くてすんだほどだ。  と――そこまでは良かったのだ。ちょっと人に言いにくい新しい趣味ができただけだ。男がBLを読んではいけない法もないだろう。  しかし佐和には、一つだけ問題があった。  とても大きな問題だ。  チラリと辺りを見回す。  男、男、男だらけの景色。  なぜならここは――男子校。  そしてそれこそが、新たな趣味にハマった佐和の苦悩だった。
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