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賑やかな昼休みでも、特別棟の端にある化学科準備室は、しんと静まり返っていた。
わずかに開いた窓の隙間から、外の喧騒が漏れ聞こえるのと、赤いサインペンが紙の上を滑るサッという音だけが響く。
佐和は一通り答案を添削すると、サインペンの蓋をキュッと締めた。
「……まぁ、部活で忙しい中、出した宿題を全部やってくることは偉いけどな」
ほとんどバツだらけのプリントをため息混じりで眺め、難しい顔をそのまま隣の川上に向ける。
川上は、佐和の隣の席で小さくなっていた。
「すいません……」
「しょうがない。お前が部活ばっかで、勉強してこなかったことを責めてる時間があったら、今は勉強する方が大事だ。……じゃあ間違ってたとこ、解説するぞ」
「は、はい!」
川上はキャスターつきの事務椅子をガラガラと引き、佐和の手元に顔を近づけた。
(どんだけ出来が悪くても、こんなに頑張られちゃな……)
佐和は、出来ないなりに一生懸命な教え子の真剣な横顔に、目を細めた。
少しでもわかりやすくなるよう心がけながら、数学の宿題の解説を始める。
川上の個別指導は、桂と相談して昼休み、この化学科準備室ですることになった。
川上は部活が忙しく、始業前は朝練があり、放課後は遅くまで練習があって勉強の時間を取れないため、昼休みしか時間がなかった。
場所を化学科準備室にしたのはもちろん、校内のどこよりも人がいなく、静かな場所だからだ。
(深山先生と川上と、三人で勉強することにならなかったのは、助かったよな)
昼休みは長くはない。そのため佐和と桂は、毎日交互に勉強を教えることにした。
桂は始め、佐和と二人で川上の勉強を見る気満々だったが、佐和が上手い言い訳をひねり出し、その恐ろしい事態は免れた。
佐和は川上の質問に答えながら、チラッと室内を見回した。
(ここであいつと一緒になるのは……キツイもんな)
そう思うくせに、体内のどこかがジンワリと熱くなり、佐和は焦って頭を振った。
桂から受けた強烈なセクハラを思い出すと、佐和は落ち着きがなくなる。
「……で、いいの佐和ちゃん。……センセ?」
「あ、ああ、悪りぃ。そう、それで正解」
川上がやり直した問題を、慌てて確認する。
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