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黒釜の隣にある大きな土鍋からは、焦がし芋とは異質の、豊潤で濃密な甘い香りが漂っていた。
土鍋の中は、楓の樹液から抽出した糖蜜とミルクがたっぷりとはいったチョコレートフォンデュだった。
侯爵は真鋳の匙でひと掬いすると、口に含んだ。
うん。うん。
浅黒く険しい顔がほころぶ。満足げに頷くのと同時に、玄関の広間で元気な声が弾けた。
「侯爵さま! 侯爵さま! こんにちわ! おじゃましまーす!」
少年たちが、意気揚々と来訪してくれるのは、侯爵にとっても嬉しいできごとだった。多い時は10人を越え、少ない時はひとりの時もある。少年たちは学校のできごとや家族、飼っている動物、異性の悩みなどを、包み隠さず話す。侯爵はその度に笑い、考え、稀に叱るときもある。
そして彼らの最大の楽しみは、自家製の焦がし芋とチョコレートフォンデュのもてなしだった。
かつて、カエデ城は難攻不落の要塞といわれた。数千人のテトラ解放軍の兵が籠城し、数万人の政府軍が攻め込んだ。戦闘は激烈を極めた。要塞が陥落するまで2年を費やしたのである。テトラ解放軍は、明るい7色光こそが幸福と繁栄であると主張したが、政府軍はそれを粉砕した。
カエデ城は当時のまま残存している。
おびただしい弾痕。崩壊した黒い壁。ねじ曲がった鉄骨。溶解して原型をとどめない家具類。
阿鼻叫喚の亡霊が、安住の地を求めて彷徨っている。
カエデ城の周辺が魔界の草原と呼ばれる所以である。
しかし皮肉なことに、カエデ城の興亡は、子供たちにとって謎解きの宝庫でもあったのだ。
細長い楕円形の食卓のまわりに、みんなが思い思いの姿勢で腰をおろした。
侯爵は無機質な人工眼球で彼らを見渡した。眸の奥に感情を表す青い光点が明滅する。
「やあ、諸君。本日もご機嫌麗しく」
「はい、侯爵さまもお変わりなく」
挨拶を交わすとハクテイ、セイロク、シコンが立ち上がった。配膳の準備をはじめた。
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