甘い朝、棘は胸の奥に隠す。

3/4
前へ
/13ページ
次へ
急いでシャワーを浴びて、濡れた長い髪はとりあえずタオルでくるんだ。ドライヤーで乾かすのは、裕也さんを見送ってからにしよう。 入れ違いにバスルームに入った裕也さんの鼻歌が聞こえる。 朝からご機嫌なのは何よりだけど、あんなに激しい運動をして疲れないのだろうか。夕べも今朝も、真冬なのに汗をかいて。 ついさっきまでの陶酔の時間を思い出して、顔が熱くなった。 朝っぱらからあんな風に”愛し合う”のは、夫婦として当然のことなのだろうか。 よくわからないけど、こんな甘い朝がずっと続けばいいと思う。 裕也さんに飽きられたり嫌われたりすることなく、ずっと愛し合いたい。 いらないと言われても愛妻弁当は持って行ってもらいたいし、朝食も食べて行ってほしい。 冷蔵庫を開けると、目に飛び込んできたのは真っ赤なラッピングを施した四角い箱。 そうだった。今日はバレンタインデーだ。 思い出した途端に、チクチクと胸が痛む。 お見合い相手の裕也さんに恋するまで、恋を知らなかった私にとって初めての感情だ。 チョコの箱から目を逸らせて、私は卵とハムを取り出した。 「お、いい匂い。ハムエッグですか?」 ガシガシと髪をタオルで拭きながら、裕也さんは鼻をヒクヒクさせた。 「はい。簡単なものですみません。……裕也さん、真夏じゃないんだから服を着ないと風邪をひきます」 全裸の裕也さんを直視できなくて、下を向きながら注意した。 ”愛し合う”ようになってからというもの、裕也さんはバスルームから出て来るとしばらく裸でウロウロするようになった。まるで私に見せつけるかのように。 あるいは私の反応を楽しんでいるかのように。 「そうですね。……飛鳥さん、こっちを向いてください」 「裕也さんがちゃんと服を着たら」 「僕の裸に慣れたら、もっと大胆になれると思うんですが」 大胆って何だろう。またチクッと胸が痛む。 「大胆になれなくてすみません。私なんかじゃ裕也さんを満足させられなくて」 くるっと背中を向けて、お弁当を詰めるフリをした。もうキッチリ詰めて蓋をするだけなのに。 「飛鳥さん? 僕はあなただから満足していますよ。大胆になるのは……今晩教えてあげます」 「……お願いします」 「楽しみです」 どんなことを教えられるんだろう。裕也さんは未知の世界に私を誘って、私自身も知らなかった私を引き出していく。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

404人が本棚に入れています
本棚に追加