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急いでシャワーを浴びて、濡れた長い髪はとりあえずタオルでくるんだ。ドライヤーで乾かすのは、裕也さんを見送ってからにしよう。
入れ違いにバスルームに入った裕也さんの鼻歌が聞こえる。
朝からご機嫌なのは何よりだけど、あんなに激しい運動をして疲れないのだろうか。夕べも今朝も、真冬なのに汗をかいて。
ついさっきまでの陶酔の時間を思い出して、顔が熱くなった。
朝っぱらからあんな風に”愛し合う”のは、夫婦として当然のことなのだろうか。
よくわからないけど、こんな甘い朝がずっと続けばいいと思う。
裕也さんに飽きられたり嫌われたりすることなく、ずっと愛し合いたい。
いらないと言われても愛妻弁当は持って行ってもらいたいし、朝食も食べて行ってほしい。
冷蔵庫を開けると、目に飛び込んできたのは真っ赤なラッピングを施した四角い箱。
そうだった。今日はバレンタインデーだ。
思い出した途端に、チクチクと胸が痛む。
お見合い相手の裕也さんに恋するまで、恋を知らなかった私にとって初めての感情だ。
チョコの箱から目を逸らせて、私は卵とハムを取り出した。
「お、いい匂い。ハムエッグですか?」
ガシガシと髪をタオルで拭きながら、裕也さんは鼻をヒクヒクさせた。
「はい。簡単なものですみません。……裕也さん、真夏じゃないんだから服を着ないと風邪をひきます」
全裸の裕也さんを直視できなくて、下を向きながら注意した。
”愛し合う”ようになってからというもの、裕也さんはバスルームから出て来るとしばらく裸でウロウロするようになった。まるで私に見せつけるかのように。
あるいは私の反応を楽しんでいるかのように。
「そうですね。……飛鳥さん、こっちを向いてください」
「裕也さんがちゃんと服を着たら」
「僕の裸に慣れたら、もっと大胆になれると思うんですが」
大胆って何だろう。またチクッと胸が痛む。
「大胆になれなくてすみません。私なんかじゃ裕也さんを満足させられなくて」
くるっと背中を向けて、お弁当を詰めるフリをした。もうキッチリ詰めて蓋をするだけなのに。
「飛鳥さん? 僕はあなただから満足していますよ。大胆になるのは……今晩教えてあげます」
「……お願いします」
「楽しみです」
どんなことを教えられるんだろう。裕也さんは未知の世界に私を誘って、私自身も知らなかった私を引き出していく。
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