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託された想い
吾輩はチョコである。
名前を「ちょっと大人のビターチョコ」という。
つい先日この世に生まれ出て、現在はスーパーマーケットの商品棚を住居としている。
吾輩はチョコである故、誰かに買ってもらうのが目的であり、吾輩を手に取った者に束の間の幸せを与えるのが使命である。
吾輩達チョコ族の座する棚は、どういうわけか他の菓子達の棚とは豪華さにおいて一線を画した造りになっている。そして、その棚は店で一等客の目に触れる場所に置かれていた。
昼を回った頃から老若女子の客が増えたかと思うと、その者達は真剣に、はたまた楽しそうに棚のチョコ族達をを物色しては手に取ってゆく。
明日は「ばれんたいん」という女子にとって特別な日らしく、今日はその準備で詰めかけているのだという。
その、「ばれんたいん」とやら。
吾輩は人間達が何をやっているのかは知らないが、じつは、吾輩らチョコ族にしても特別な日であるのだ。
言い伝えによると、ばれんたいんの日に買われたチョコは、天使になれるのだとか。
そんな話しを聞いてしまっては、吾輩に気合いが入るのも無理もないことだろう。
では、売り込みを始めよう。
そこのスーツの女子、吾輩を買わぬか?
トラジマのご婦人、吾輩なぞどうだ?
んん?お嬢ちゃんはに吾輩はちと大人過ぎると思うがの?
……。
朝から自らを売り込んではみたが、手に取ってもらうというのは、なかなかどうして難しい。
買われて行くのはハート型のチョコや綺麗な装飾のチョコ達ばかり。この長方形の姿と地味な黒服では婦女子の眼には魅力的に映らんようだ。
だがあきらめるにはまだ早い、きっと吾輩の良さを知る者が選んでくれるであろう。
あ。そこの可愛子ちゃん。吾輩を買わぬか?
その後も売り込みを頑張ってみたものの、吾輩を手に取る婦女子は現れなかった。
※ ※ ※
む……。いつの間にか眠ってしまったようだ。もう、ばれんたいん当日ではないか。
やはり当日ともなると、チョコ族を求める者もだいぶ減ったな。だが、まだチャンスはある。吾輩は諦めんぞう!!
そう意気込んで頑張ってみたものの、やはり吾輩を手に取る者は現れなかった。
むう。大舞台に上り損ねたか……。
まぁ、しかたあるまい、これも星の巡りというもの。
吾輩はスカスカになった陳列棚を見渡し、やれやれとため息をついた。
人生……いや、チョコ生なかなか上手くはいかないものだ。ビターな板チョコに生まれついたばかりに、誰にも手を伸ばしてもらえぬとは……。
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