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「……大袈裟に言わないでよ」
「誇張してるつもりはないけどな?」
「そこまで無視してないよね?」
「無視はしてねーな。その程度だよ。意識はバスケとあのムッツリ女に飛んでるだろ。いっつも!」
ムッツリ女というのは、トワのことか。
トワと一樹は同じクラスなので、むしろ一樹にとっては私よりトワの方が身近な存在かもしれない。
「それ、トワと申し合わせてる?」
「何が」
「トワも、一樹のことムッツリだって言ってた」
だから近寄るな、とまで。
「アイツ、自分のこと棚に上げてっ」
煩く文句を連ねる一樹の様子が可笑しい。
思わず笑ってしまった私を見逃すことなく捉えた一樹が、ゆっくりと笑みを浮かべた。
ちーよーこーれーいーとっ
幼い子どもの特徴的な、張りのある高い声が、耳の奥で微かに懐かしく響く。
「紗奈はいつだって、好きなものを追いかけていればいいんだよ」
じゃん、けん、ぽんっ。あっ、ちょき!
かつて聞き慣れた声は、私の台詞にも変わる。
嬉しそうに響く、幼い頃の私の声。
そうだ、この頃、私はじゃんけんを理解してすらいなかった。
一樹がグーを出したら私の勝ち。一樹がチョキを出したら一樹の勝ち。その程度の認識だった。
じゃんけんのルールなんかより私にとって大切だったのは、一樹のグーが私の自尊心を守ってくれていたこと。
そして、一樹のチョキが私に穏やかな安らぎを与えていたこと。
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