黒いにも程がある執事

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 俺が参戦する前の話で、今も尚『ミュールの悲劇』と伝えられている。  祖国グレンギヌスの首都であるコーネリアから出発して、順調に進軍を続けていたエルアルト一行は、北方の国であるミュールの国境で陣を構えていた前線部隊と合流した。  そこに魔王が急襲を仕掛けてきたそうだ。  ヤツの言うとおり、魔王は自分の急所を体のあちこちに移動することができた。  致命的なダメージを負わすこともできず、無駄に戦いの時間だけが延びるばかり。  兵士達の士気は徐々に下がり、脱走兵が出てくる始末。  決壊したダムから水が溢れるのを止められないのと同じく、たちまち軍は総崩れとなった。  そこから先は阿鼻叫喚の地獄絵図だったらしい。  逃げる兵士を襲うのはモンスターばかりではなく、士気をこれ以上下げまいとする将軍や隊長といった幹部連中だったとか。  味方が味方を斬るなんて嫌な話だ。 「あの頃は正直、勇者なんて辞めて、逃げたかった」  実際、エルアルトは逃げた。  ミュールの城下まで軍は後退し、新たに兵士を募って軍を立て直す最中に、だ。  移動魔法を使って一人で逃げてきた。  しかも俺のところへ。
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