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その日の夜。そろそろ日付が変わろうとする深更の墓地に、ひとり愛真は立っていた。
墓地を取り囲む高い柵に沿って点在する街灯の明かりはいかにも頼りなく、広々とした敷地の外周をほのかに照らし出すだけで、たたずむ愛真の姿は闇に溶け込んでいる。
小さな十字架の下、生没年と名前が刻まれただけの質素な母の墓に手を合わせ、短く祈りの言葉を唱えると「アーメン」十字を切る。
(神が人を救わないのは、嫌というほど分かってる。信仰心もない僕が祈ったって、誰の耳にも届かないのも……)
母が末期のガンだと分かった時、愛真も真悟も必死に、それこそ心の底から神に祈った。
まだ若い母を、愛する人を、逝かせないでくれと日も夜もなく祈り続けた。
しかし、その祈りが聞き届けられることはついになかったのだ。
(だからこれは、母さんへの祈り。母さんが信じた神の言葉を借りた、僕の贖罪。僕の言葉じゃ、母さんには慰めにもならないだろうから)
自己満足に過ぎないのかもしれない。ただの偽善に酔っている――いや、すがっているだけなのかもしれない。
それでも、毎年この季節がやってくると矢も盾も堪らず、こうしてここを訪れるのだ。
痛いほどに冷たくなめらかな墓石に口付け、「おやすみ、母さん」そっとその場を後にした。
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