①きっかけ

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①きっかけ

 金井仁太(かないじんた)がテレビに出ることになったのはたまたまだった。  きっかけは近所の居酒屋だ。  『感情』という名の店は、無愛想なマスターがひとりでやっている。よくいる居酒屋のおやじだが無口でマスターと呼ばれていた。  お通しがいつも玉子焼きという、あまりやる気を感じさせない店だ。  仁太は30代の後半で、独身。まっすぐアパートに帰っても仕様がないという理由で、その店に通っている。  来ている客も近所のおっさんばかりで、これといった盛り上がりもなく、 神棚に置かれたテレビを眺めて焼酎のお湯割りを飲んでいた。  たまに来る客に岡島という男がいた。  メガネをかけていて学者っぽい感じの男だが、仕事はテレビ番組の構成をしているらしい。  まあ、華やかなイメージのあるテレビ業界の人で、こんな店に来るということは  あまりメジャーな番組には関わっていないなと、仁太は思っていた。
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