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「はい、えーっと、これ……用意していた義理チョコ」
「わーい! ありがとうございます、先輩!」
後輩はにこやかに私のチョコを受け取った。
少しレトロな感じを思わせる木の壁や、ゆったりとした音楽、湯気の立ったブラックの珈琲とはどうも釣り合わないほどの満面の笑み。チラリと見える八重歯は歳よりもずっと幼く見えるし、ちょっと寝癖が直りきっていない猫毛の髪もなんとなく子どもっぽいんだけど、ふとした瞬間の嬉しそうな目つきとか、大事そうにチョコを持つ意外に大きな手とか、そういうところを見るとやっぱり男の子なんだなって思う。一見、成人しているということが分からないくらいに可愛いのに、ちょっとずつカッコいいところも見せてくるからズルい。
「大切に食べますね、先輩」
と言って細めた目に、吸い寄せられそうになる。
「ほんと……わざわざ義理チョコを作ってあげた私に感謝してよね」
「勿論ですって」
この御恩は忘れません……と、囁く声に、またドキリとした。
本当に、彼はずるい。
私は今、大学の専攻の一個下の後輩と一緒に、駅の近くの喫茶店に来ていた。雑貨屋さんと兼ねていて、あっちこっちに置かれたインテリアが可愛くて、おまけに珈琲も美味しいという素敵な喫茶店。普段は一人で来るけれど、今日は何故か後輩も一緒にいて、珈琲とフルーツサンドの組み合わせに目を輝かせていた。
甘いものが大好きで、機械に疎くて、道に迷いやすくて天然で……いろいろと抜けていて子どもっぽいところもあるけれど、私よりもずっと背は大きいし、すっと重いものを持ってくれちゃうような気前の良さがあったりして、時折かっこいいなって思ってしまう後輩。
私は、現在そんな後輩に恋をしている。自分でもドン引きしてしまうくらいに、絶賛桃色の片思い進行中なのである。
それなのに……だ。
何故か、私はこのバレンタインデーという恋人たちのお祭りの日に、彼に『義理チョコ』を渡す羽目になっていた。
ここ行きついた原因となる出来事は……そう、丁度一週間前……私がゼミ室で必死になって課題レポートを打っていた日まで遡る。
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