ファントムペイン

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翔くんは、メールに「またね」をよくつけていた。 「俺は、おまえに会えるのが今日が最後だなんて思うような、覚悟ないよ。また、会いたい。明日も明後日も、明々後日も。この先も、ずっと、またねって言いたい」 そう言った声が震えているのがわかる。 先ほどからずっと片手で目を覆う翔くんは、泣いているのかもしれなかった。 そんな彼の泣き顔を見たのは、術後の麻酔がまだ効いている虚ろなときだった。 手術室から出た私を両親と翔くんが覗きこみ、母と翔くんが絶句して涙ぐんでしまったのだ。 そんなふたりの肩を父が叩いて、そこで私の記憶はない。 「一番辛いのはおまえだと思うけど、俺はおまえが生きていてくれて本当に良かったと思ってるんだ」 人は長生きすればするほど何かを失っていくのではないか。 そんな風に思ったときがあった。 失うものも、あるのだろう。 そして、得るものも、あるのだろう。 毎朝一緒に走るのがあたりまえだった。 走り終えた後は朝食をとり、それぞれの仕事場に向かう。 帰る時間はばらばらで、翔くんは遅くなることが多かったから、私は先にひとりで夕食を終えることが多かった。 けれど、翌朝はまた一緒に走るのだ。 ゆっくり、ゆっくり。 5センチ10センチの歩みだとしても、また、一緒に歩きたい。そんな風に、翔くんは語った。 気づけば、以来、私の幻肢痛(ファントムペイン)は徐々に痛みの頻度が少なくなり、いつの間にか消えていた。
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