ファントムペイン

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2月3日(金)16:57 仕事中じゃないの? 2月3日(金)17:00 あー、休んだ。急に寒くなって雪降ったりしたからかなあ?ちょっと昨晩から熱出して調子悪くてさ。 またね。翔 2月3日(金)17:03 病院行った?風邪薬リビングの角の棚の2段目にあるから。お大事にね。 2月3日(金)17:04 サンキュー! レスが早い。 寝込んでいて寂しいのだろうか。 お互いに。 私たちは今年の春結婚する予定で、昨年秋から一緒に暮らし始めていた。 正直、昨日のリハビリはしんどかった。 立つこともままらない私は、片脚で立ち続けるトレーニングから始めた。 トイレにすらまともに行けない自分に不甲斐なさで涙がにじむ。 これから先の人生、彼の手を煩わせて生きていかなければならないことも、同情の眼差しで見られることも、耐えられなかった。 弱っているところを支えてもらいたい。 昨日いかに辛かったか聞いてもらいたい。 と、思うよりも、この姿を見られたくない、と、思ってしまった。 今ならまだ、私たちは他人になれるのだ。 そう考えると、私たちがメールのやり取りをすること自体、やはり不毛に思えてならない。 2月4日(土)8:46 ありがとう。薬飲んで爆睡していたら、すっかり元気になった。 またね。翔 私は返事を書かなかった。 2月5日(日)0:06 遅くにごめん。美沙は調子どう? 朝になっても私は返信しないまま、放置していた。 まどろみの中で、母の声が聞こえた。 「あらあら、翔くん!ごめんね、美沙、今眠っているの」 「すみません、突然来ちゃって......」 声が移動して小さくなる。病室外に出たようだ。 翔くんの、冬の空気のように凛としてよく通る声が響き、私の頭は急激に冴えた。 朝が弱い私は、毎朝この声に起こされていた。 翔くんが帰った後、母から小言をくらった。 「メール返信ないから、容態が悪化したのか、とか悪いことばかり考えてしまったみたいよ。ちゃんと、返事してあげなさい」 押し黙ったままの私に、母はため息をつく。 「あんたたちのことだから、あまり口出ししたくないけど、翔くんは気にしないって言ってくれてるんでしょ?向こうの親御さんも反対されてないそうだし、ありがたいじゃないの」 「お荷物になりたくないの」
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