ファントムペイン

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「お父さんもお母さんも、あんたのことお荷物なんて思ってないわよ。パラリンピック見ても、頑張ってる人たち、たくさんいるじゃない。あんただってリハビリして、ちゃんとまた前のように歩けるようになるって思わないと」 わかっている。 頭では十分にわかっている。 「とにかく、約束したのなら、ちゃんと返信してあげなさい」 会わないかわりに毎日のメール交換をルール化した。 それを破ったのは向こうじゃない、と、言いかけて、違うことに気づく。 返信しなかったのは自分だ。 先に約束を破ったのは、私だった。 私のメンタルの弱さが、遅かれ早かれ私と翔くんの関係を駄目にする。 だから、その前に別れてしまったほうがいい。 毎日のメールなんて、延命に過ぎない。 2月5日(日)17:12 翔くん 心配させてごめんなさい。 来てくれたみたいだけど、もう、こういうの、やめよう。 連絡取り合うのもやめよう。 今までありがとう。 お元気で。 さよなら。美沙 送信すると、携帯の電源を切って枕の下に突っ込んだ。 人間は、いずれ死ぬ。 よく、生きているだけでありがたい、幸せだ。と、いう人がいる。 そうなのかもしれない。 けれど、手足を失ったり、肺や乳房などを切除して、身体を切り刻み、心を切り刻み、人は長生きすればするほど何かを失っていくのではないか。と、考えると、やるせなくなる。 翌朝、電源を入れた携帯には何人かからメッセージが入っていたけれど、既読にすることもなく、放置したままにした。 翔くんがまた押しかけて来ることもなかった。 友人、知人、同僚たちからのメールは、お決まりの文句で 「調子はどう?リハビリ頑張ってね。お大事にね。今度お見舞い行くね」 私の返信もお決まりの文句。 「ありがとう。ぼちぼちだよ。うん、もう少し良くなったら会いたいな」 心配してくれる人たちがいると言うのはありがたいことだけれど、メールひとつ返すのも億劫で、そんなやり取りにも疲れ果て、誰ともメールのやり取りをしたくなくなっていた。 こうしてメールも読まないでいると、翔くんという存在が私のなかで儚い幻影になってゆく。
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