ファントムペイン

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昨日、数日ぶりに聞いた翔くんの声。 それは、かつてあったはずの日常をまざまざと思い出させ、それがもう失われたことを突き付ける。 彼という存在が、今の私には辛い。 また右足が痺れるように痛んだ。 四肢切断後に現れる、幻肢痛をはじめとする神経障害性疼痛の発症は、末梢神経系と脊髄での神経系の異常興奮や大脳を中心とした中枢神経系の可塑性などが関与している、と言われている。 四肢に限らず、乳がんなどで乳房切除した患者などにも、四肢に対しての5-8割程度ではあるが幻肢痛の発症が認められ、幻肢痛の原因は未だ不明の部分も大きい。 ふたりで眠っていた夜を今はひとりで過ごす。 ないはずの足が痛むように、隣にいない翔くんのぬくもりの記憶が私の心を軋ませる。 翔くんを失ったこの痛みもまた、幻にすぎない。 痛くない。痛くない。 何度もそう繰り返し、目を閉じた。 メールを放置して一週間以上が経った。 この一週間、まずは立つ練習から始まり、次に平行棒を使って少しずつ歩く練習へ。 義足を使いこなすには筋力も必要ということで、筋トレのメニューも組まれていた。 一週間の中で、リハビリルームでショートパンツをはいた高校生くらいの可愛い女の子に出会った。 私は、膝関節離断で右膝下から足がない状態だったが、彼女は股関節離断の人が使う股義足を装着しており、短パンからのぞく左足はすべて義足だった。 右足はすらりとした美脚で、左足の無機質な棒状の義足とのギャップに、少なからず衝撃を受けて凝視していると、彼女は私に気づきペコリとお辞儀した。 私もぎこちなく挨拶を返し、理学療法士さんと一緒にリハビリ訓練を開始した。 仮義足を使っての義足装着訓練と歩行訓練、平行棒を使って片足立ちのバランスキープ、義足側への体重移動、そして少しずつ平行棒内での前方への歩行、といったことを繰り返し繰り返し少しずつトレーニングしてゆく。 少し休憩を挟み、私の様子を眺めていた彼女が、私のもとに歩いてきた。 彼女の動きは、驚くほど自然でスムーズだった。 「膝があるから、あたしよりずっと早く歩けるようになりますよ」 そう言って、彼女は微笑んだ。
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