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光に満ちていた場所に、闇が落ちた。
四十代になる直前に自分のオフィスを閉じることになった、と言えばソフトに聞こえるが、単に倒産させた。
最初に社員が私物を取りに来た。
次に未払金のある取引会社が未使用の封筒やらコピー用紙、クリップに到るまで毒にも薬にもならない物を持ち去った。
データと呼ばれるものはUSBメモリーまで全て初めに押さえられていたから、最後に相当機関の人間が、コピー機やデスクや椅子、少しは金になるのかなと思うものを手際よく片付ければ、後には何も残らなかった。
信頼する人間も、積み重ねた結果も、恥ずかしいのを承知で言うなら、夢とか希望。
残らなかったのではなく、新野譲(シンノユズル)の元には、初めからなにひとつ確かなものなんてなかったのだと感じた。
何かを手にしていると最後まで信じ続けられることを、幸せと言うのかも知れない。
あぁ、残っていた。空っぽで、からからに干からびて、通り過ぎる人が一瞥をくれ、見なかったことにしようと別のことに意識を馳せる、醜悪な残骸。譲自身だ。
ベランダの手すりに手をかけてひゅうと吸い込まれそうな風を覗き込み、あちらもこちらも変わらないな、と思う。どこにも行くところなんてない。
事業がうまくいっている時、業界内では悪い評判ばかり集めたけれど、なににも誰にも耳を貸さなかった。有名税とばかりに、聞くに足らない羽音のようなものと。
結果を出せばいい。法を犯しさえしなければ、やり方なんて自由だ。儲かると知っていてもプライドがどうとか言って手を出さない奴もいる、それも自由だ。あちらとこちらではやり方が違う。
ただそれだけのことなのだから、やっかんだりするのは違う。自分のやり方を貫き通す、それだけのことで、できない人間が口を出すのはみっともない。
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