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そして、私のあごをたふたふしながら、言った。
「いいじゃん、別に。さわり心地いいし」
「……はっ?」
「それに、」
尚は一瞬、言葉を止めて、周りに視線を走らせる。
私もつられて見てみると、いつの間にかお客さんが減って、ホールにいた店員たちもキッチンに引っ込んでいるのか、周囲には誰もいなくなっていた。
微かに、かたん、と音がして、反射的に目を向けると尚が席を立っていた。
もう帰るのかな、と思って私も立ち上がった、次の瞬間。
「……わっ」
視界がグレーに染まる。
尚が着ているセーターの色だ。
私は尚にふんわりと抱きしめられていた。
びっくりしすぎて、息も動きも止まってしまう。
くくっ、と尚が笑うと、私の耳が押しつけられている彼の鎖骨のあたりが小さく揺れた。
それから彼は、ぎゅっ、と私の身体を確かめるように腕の力を強める。
「全身ふよふよしてて抱き心地もいいし」
「……は、」
「美味そうだなあ、食べていい?」
「……っ?」
私がなにかを答える前に、かりっ、と頬っぺたをかじられた。
「……ひゃああっ」
思わず声をあげると、尚はこらえかねたように噴き出して、あははと笑った。
私は足に力が入らなくなって、すとんと椅子に腰を下ろした。
顔が、熱い。
今にも火が出て燃えちゃうんじゃないかと危ぶむくらい。
動揺のせいか冷えている指先で頬をおさえて、必死に紅潮をおさめようとするものの、どうやら無駄なようだ。
心臓がひどく忙しなく動いて、どんどん顔に血を送っているから。
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