139人が本棚に入れています
本棚に追加
タクシーは北へ北へと進路をとった。
途中大きな国道に出て少しばかり東に走ったが、車はまた左折をして進路を北へと向けた。
国道を左折した辺りから、周りには田んぼや畑が目立つ様になる。
暫くすると民家の殆ど無い田園風景が車窓を南へ南へとまるで時間を忘れたかのように流れて行く。
運転手は寡黙な男だった。
加奈子が乗り込んでからまだ一言も喋らない。
やがてその田園風景の地平線を、横に切り取る様に中国自動車道の降下が見えて来ると、初めてその寡黙な運転手は声を出し、「もうすぐですよ」と、加奈子に声を掛けて呉れた。
降下を潜り抜けると道は急に勾配がきつくなり、道幅もぐっと狭くなった。
そしてその狭く急な勾配を登り詰めた辺りの道の左側に、その建物は、この世から忘れ去られた架空の場所の建物の様にしてひっそりと佇んでいた。
もう築30年は経っているであろうくすんだ灰色をしたその鉄筋コンクリートの建物は、山間の人気の無さも手伝ってか加奈子に酷く寂しい印象を与えた。
水子の魂が、
ひとつ積んでは父の為。
ふたつ積んでは母の為。
と、石積みをする賽の河原という場所がもし本当に在るとしたら、こんな風な場所なのかもしれないと加奈子は思った。
「もし小一時間程で宜しければ、私、此所で弁当を使ってお待ちして居ましょうか?」
寡黙な運転手のその提案、それは加奈子にとってとても有り難いものだった。
こんな場所で、ぽん、と一人にされてしまったら、まるで途方に暮れてしまう。
加奈子はタクシー料金とは別に千円札を2枚彼に渡して、可能な限り待って貰える様頼んでタクシーを降りた。
最初のコメントを投稿しよう!