郭公の雛

13/43
前へ
/57ページ
次へ
加奈子は曽根の背中を見ながらその階段を登る。 決して肩幅は狭くない。何かスポーツをしていた様にも見える。 しかし曾根の後ろ姿は何処か元気がなくその背中は疲労とある種の苦悩を確実に背負いこんでいて、それはいつかの映画で見た、ゴルゴダの丘を登るイエス,キリストの背中様な痛々しさを含んでいた。 「こんな場所ですいません」 加奈子が案内されたのは応接室の様な場所ではなく、四帖半ばかりの狭い室内の中心に、ポンと小さなコタツが置かれているというだけの部屋だった。 「否、応接室が無いというのではないのですが、そこに行くには建物の構造上、中庭の前を通らねばなりません。ですがこの時間、丁度子供達は中庭の前の食堂でおやつを食べています。貴女がそこを通れば貴女の姿は子供達の目に触れる事になってしまう。しかし貴女の様な若い女性が子供達の目に触れると、子供達の多くが、もしかしたら自分の母親が自分の事を迎えに来て呉れたのかもしれないと思い、ちょっとしたパニックが起きてしまうのです。」 「そう……なんですか……」 「ええ……、小学生位の子供達ならそうでもないのですが、三才から六才位までの子供達は職員以外で若い女性が来ると、今度こそは自分の母親かもしれない、今度こそは自分を迎えに来て呉れたのかもしれない、という思いで誰彼お構いなく纏わりついて行くんです。それはこうして毎日子供達を見ている我々でさえ胸の痛む切ない光景です。出来るなら見ない方がいい。だから……こちらにお通ししたんです。」 加奈子は小さな子供達が「お母さん!お母さん!」と言って泣きながら纏わりついて来る光景を思い浮かべると胸が苦しくなった。
/57ページ

最初のコメントを投稿しよう!

139人が本棚に入れています
本棚に追加