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「次は東雲町、次は東雲町でございます。お降りの方は降車ボタンをお押し下さい。次は東雲町です」
加奈子は降車ボタンを押した。
全ての車窓の右側に有る紫の降車ボタンが一斉に灯る。
排気ブレーキが掛かり、エンジンが「ゴォォ」という唸りを上げ加奈子は横に掛かる重力に足を踏ん張った。
そして間も無く、バスは東雲町のバス停に着いた。
バスから降りると、雨脚はさっきよりも随分と酷くなっている。
「母さ~ん」
加奈子が降り頻る雨に途方に暮れていると和也が傘を持って走って来た。
「はい傘!」
和也は加奈子に傘を投げた。
「母さんは歩いて帰って来て、僕はいそぐから!じゃ!」
「ちょっ!なによ、もう!和也?」
「帰るの、ゆっくりでいいからね。」
どうやら和也は鍋を火に掛けたまま家を出て来た様だ。
「もうっ!傘は嬉しいけど、危ないじゃない!」
加奈子は遠ざかって行く和也の背中に独り言の様にして呟いた。
しかし今日はいつもにも増してパスタの茹で上がりに拘っているのは何故だろう。
二つ目の信号がある交差点を左に折れて走って行く和也を目で追っていると、交差点の手前に有る公園の藤棚が加奈子の目に飛び込んできた。
もう藤の季節は終わろうとしているというのに、こうして遠目にでも判る程あの公園の藤は、依然として白い照明のしたに紫の小さな花をつけている。
そう言えばあの時、あの部屋の窓からは、夏の日差しの下で満開に咲き誇っている藤の花が見えていた。
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