郭公の雛

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加奈子の幸次郎に対する気持ちは、説明するのが難しい。 最初の恋愛感情は何度となく幸次郎に裏切られる内にすっかり色褪せてしまった。 それは恋でもなければ男女の愛でもない。 しかし、かと言って意地でもなければ執着でもない。 喩えば、土砂降りの雨の中で傷を負い、足を引き摺る様にして歩いている痩せぎすの野良犬を見捨てられない様な、そんな気持ちに似ているのかもしれない。 その犬を家の軒に招いて餌を与えると、犬は尻尾を振り喜んで無我夢中で餌を食べる。 そして餌食べ終えると、 「ねぇ?もうないの?もうないの?そっか……でもおいしかった!うん、とってもおいしかった!ありがとう!本当にありがとうね!……ねぇ?本当にもうないの?」 そんな顔と仕草で加奈子を見る。 するとその時、加奈子は自分の中に何か大切な守るべきものが確かに有り、そしてそれが確かにそこに有る事について安心をする。 庭に埋めていた秘密の宝箱が誰にも見つからずにそっとそこに埋まっているのを確かめた時の様に。 彼はその野良犬と同じ様な質(もの)を加奈子に与えて呉れる。 「だから私は騙されても、騙されても、彼の傍を離れなかったのかもしれない。」 幸次郎は、刑務所からまたなんだかんだと加奈子に手紙で用事を依頼して来た。 日用品や雑誌を購入する為のお金の差し入れや単行本や文庫本の差し入れ等々。 加奈子は依頼された事の中から、今彼に本当に必要であるものとそうでないものを、それは工場の生産ラインに従事する労働者がライン上に流れて来る製品の中から、的確に不良品とそうでない物を選別する様にして、不必要な依頼については無視をし、必要な依頼だけを誠実に処理をし、また必要な物だけを選んで誠実に差し入れをした。 人に何かを頼まれた時、たとえ相手がどう思おうと加奈子は必ずそのセオリーを守る。 そしてその自分の行為に祈りを込める。 幸あれという願いを込める事を決して忘れない。
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